2019-10-26

犯人に告ぐ

「河合さん、この小説やべーから読んだ方がいいよ。」

高校1年生の時に「犯人に告ぐ」という小説をクラスメイトのK君から勧められた。

K君は運動神経が抜群とか、目立って容姿が良いだとか、とても頭が良いという訳ではなかったけれど、とにかく現代文の授業での読解力がずば抜けていた。というのも出席番号が近かった私はグループワークでK君と同じ班になる事が多く、意見交換の時にいつも驚かされていたからだ。
こんな所に気付くなんて。なるほどそんな解釈もできるのか、と、K君のセンサーは私には感じられないものをしっかり正確に捉えていた。他のメンバーがどう思っていたのかは知らないけれど、私の中でK君はとにかく「すごい人」だった。
そんなK君が勧めてくる小説が面白くない訳がない。

いつだったかK君から「小説家になりたんだよね」と聞いた時、なれるかどうかなんて疑いもせず早く読みたいと思った。ペンネームはもう決めているのか。どんな小説を書くつもりなのか。色々聞いたけれどK君は何も教えてくれなかった。

K君の読解力が優れているのは文章に対してだけではない。
文化祭が終わりクリスマスを前に浮ついた空気が漂う頃、クラスの中だけでなく学年の中でも美人だと評判のA子さんとK君が付き合っている事が発覚し、教室内が騒ついた。
K君に事の成り行きを尋ねると「俺、いけるかどうか(付き合えるかどうか)分かっちゃうんだよね」と豪語した。K君のセンサーは文章だけでなく、会話や仕草、表情も精確に捉えていたのだ。私は普段何を考えているのか見透かされているような気がして何だか少し怖くなった。
実際、K君から言われた私自身の性格に関する指摘は心臓を射抜かれたかと思うほど的確で鋭利なもので、ふとした時に思い出すと心が疼く。

2年生に進級してからK君とは違うクラスになり、会話をする事はなくなった。卒業間近、最後に交わした会話はお互いの進学先について。
K君は「授業料がタダになるから」という理由でうたた寝をしていても合格出来たであろう地元の私立大学に行くと言った。最初は驚いたものの、小説家になるのに大学がどこかなんて関係無いと妙に納得した。

卒業してから連絡をとったことは一度もない。今まで3回ほど催された高校の同窓会の度にK君を探したけれど、彼は姿を表さなかった。
執着していると言われればその通りだけれど、K君に対して恋心を抱いていた訳でもなく、久しぶりに会ってお互いの近況を報告したい訳でもなく、ただただK君の書いた小説を読みたかった。本名を名乗っているとは到底思えない彼の、間違いなく面白いその小説を読みたかった。

3年前、K君に会ったという友人から思いがけず彼の近況を聞いた。「全く働かずにずっと家にいるらしいよ。」と聞いて鳥肌がたった。
その場で私の考えを話して事実の確認をとってもらう事は出来たかもしれないが、その詮索を嫌がるK君の顔が鮮明に浮かんできて何も言えなかった。
地元の中学の集まりに半ば強制的に参加されられたK君は「お小遣いもらって本を買う時だけ外に出る」と語り、「その歳で働いていないのはやばい」と周りから責め立てられたらしい。

その話を聞いて以来、いつか偶然K君が書いた小説を読む事になるかもしれないと、社会人になってから遠ざかっていた活字に再び触れるようになった。本を開いて読み始めた瞬間に「K君だ!」と気付くかもしれないし、全く気付く事なく読み終えるかもしれない。偶然なんて事は起こらず、もう読む事は叶わないかもしれない。

最後に。
K君の本当のすごさは「いや、もしかして本当に働いてないかも」と含みを持たせてくれるところだ。そもそも小説なんて書いていないかもしれない。
結局何年経っても私はK君がどんな人なのか、何を考えているの分からないまま。

書店に並んだ「犯人に告ぐ3」を見つけて思い出した、同級生のK君の話。

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